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ぺらぺらうかうか堂(本&フィギュアスケート&映画&雑記)

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カフェインで生きている(7) 「ロビンソン」がかかるカフェ

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 職場の近くにあるショッピングセンターの建物の地下の一番角に小さいカフェを見つけたのは一年前だ。開店したのはその数ヶ月前だったようだ。

 人通りが少ない、片隅のさらに片隅にあるお店で、4人掛けの席が3つと、5つくらいの椅子が並んだカウンターがある。お店と呼ぶには狭すぎるし、廊下と店の間にドアもないオープンスペースなので、テイクアウトコーナーか、簡易ショップという感じだ。  

 とはいえ、自家焙煎したコーヒー豆も売っているし、手作りのスイーツもある。そして、コーヒーを焙煎するときの香ばしい匂いがするので、無意識のうちにひきよせられるのだ。

 通りがかったときに見ると、人が入っていないことが多いので、続けていけるのだろうかと思っていた。あまりにも人が入っていないので、朝一番に入ってみた。

 30歳から40歳くらいの男性が店主のようで、清潔なTシャツにデニムに黒いエプロンをしている。どこがというのは難しいが、コーヒー店の店主らしく、カフェインの空気をまとった人だった。
 モーニングは固いパンにサーモンやブラックオリーブがのったオープンサンドで、とてもおいしい。強めのコーヒーを頼んだら、ちゃんとカフェインが主張している感じなコーヒーだった。

 本を読みながら食べ終わり、コーヒーがわずかになったところで、絶妙なタイミングで、急に音楽が耳の中に流れ込んできた。

「誰も触れない 二人だけの国 君の手を離さぬように~
大きな力で 空に浮べたらルララ宇宙の風に乗る~」

 あー、なんか、この曲いいなあと単純に思って、カフェを出た。ありきたりな量産された感じの食べ物ではなくて、コーヒーも心がこもっていて、盛り上がる音楽までついている。その日は、気分が爽快で、仕事がさくさくとはかどった。

 二度目に入ったのは、2ヶ月後。今度は数種類のチーズがのったオープンサンドと、コーヒーを頼んだら、やっぱり、ほかのカフェよりも、独創的でおいしかった。

 そして、食べ終わって、少し本を読んでいると、また、前回と同じタイミングで同じ曲の同じサビの部分が聞こえてきた。

「誰も触れない 二人だけの国 君の手を離さぬように~
大きな力で 空に浮べたらルララ宇宙の風に乗る~」

 あれれ、また、この歌だ…。この歌を聞くと、やる気が出るというか、爽快な気分になる。

 しかし、偶然だろうか。店主はコーヒーだけでなく、空間全体を演出しようと、客がコーヒーを味わったくつろいだ時間に、最高のタイミングで、同じ歌の一番サビの部分を流すということをしているのだろうか?????

 二度聞くと、ますますこの歌が好きになった。スピッツの1995年の曲「ロビンソン」だ。カフェの店主の顔と雰囲気が、ボーカルの草野マサムネという人ととても似通っていた。カフェの店長はスピッツのファンなのだろうか。


 今頃になって、わたしはスピッツの曲をいろいろ聴いてみるようになり、家事をしながら、自分も歌ってみたりした。

 その後、カフェはやっぱり人が入っていないことも多いが、入っていることもあった。

 三度目は、もう一度入って、また「ロビンソン」が流れたらすごいなと思って期待して入った。客はわたしだけだったが、コーヒーを飲み終わったところで、テイクアウトしていく人が来て、店主にスイーツについてあれこれ質問などを長くしていたため、音楽が流れることがなかった。残念。

 その数ヶ月後、今度は友人と二人で行った。またしても、客は私たちだけだった。コーヒーは、カフェインの存在がしっかりとある、孤独で淡々とした味だった。そして、わたしたちがコーヒーを飲み終わったタイミングで流れた曲は、抑え気味な女の人の声で、

「あの、素晴らしい愛をもう一度~、あの素晴らしい愛をもう一度~」

 そう来たか!

 誰が歌っているのかはわからないが、「あの素晴らしい愛をもう一度」が流れたので、心の中で「そんな引き出しもあったのだ!」と思った。意外さが新鮮だった。


 店を出た後、友人に「あのお店、どうだった」と聞くと、「入っているのが自分たちだけだと、店の人に観察されているような気がするところもあるけど、いいんじゃない」ということだった。

 次はどんな音楽が流れてくるのか…、小さな楽しみになっている。

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# by tarukosatoko | 2019-05-23 21:59 | 嗜好品(コーヒー) | Comments(0)

『エデンの東』1巻(ジョン・スタインベック著) 町田樹〝ティムシェル〟をさがすために読む




 今年の山本草太のプログラムは「エデンの東」だそうだ。「エデンの東」といえば、100パーセント、町田樹だ。あの最高峰に位置する、あの伝説の、あの年の地方大会で最前列で直に見た、あの町田樹が結晶した、あの「エデンの東」だ。山本草太といえば、わたしは「ニューシネマパラダイス」なのだが、それは「エデンの東」と通じるものもある。どんなふうになるのか、とてもとても楽しみだ。よみがえった山本草太の「エデンの東」が山本草太の結晶となることを祈るばかりだ。

 それにしても、『エデンの東』の本を読んだことはなかった。ソチオリンピックのあと、ジェームス・ディーンの映画『エデンの東』は見た。肉親の愛を求めるが得られない悲しみという今となっては古典的なテーマの映画だった。自分はそういう感情について思いを持っていたこともあるが、最近では考えても仕方がないし、自分の力ではどうしようもないし、結論が出ない話として、処理不可能問題として分類してしまっているため、淡泊な思いで見た。はっきりしないいじけたジェームス・ディーンの役柄にも感銘は受けなかった。でも、さすがに最後はぐっときた。

 監督はギリシャ系アメリカ人のエリア・カザン(1909-2003)だ。アイスダンスのガブリエラ・パパダキスはギリシャ系フランス人で、ちょっと顔つきが似ているような気がする。『欲望という名の電車』(1951年ヴィヴィアン・リー、マーロン・ブランド)や『波止場』(1954年マーロン・ブランド)など多数の映画がある。ソ連のコンスタンチン・スタニラフスキーの構築した演技理論〝スタニラフスキー・システム〟を採用して、「アクターズスタジオ」を創設した。そのメソッドは後々までも受け継がれてきているようだ。

 そして、今、『エデンの東』を読もうと思い立ち、1巻を読んだら、読みやすかった。最後まで読めば、自分にも町田樹さんが言うところの〝ティムシェル〟の本意がしっくりとわかるかもしれない。


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 1巻の内容は…

 舞台は北カリフォルニアのサリーナス盆地。ここに入植してきた家族の記録という形で描かれている。

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 まずは、入植のところから始まり、二人の息子たちの話が中心だ。二人の息子は、母親が違う。真面目でおとなしい兄は10年の兵役に、乱暴な弟は家で土地の開拓やなんやかやをする。弟は自分が好きな父親が兄だけを愛していると感じて、嫉妬を感じる。母親を早くに亡くした兄は母親への憧れを持っている。
 最初は性格的にも立場的にも兄が弱く、クレイジーな弟は兄が大けがをするような暴力をふるうような危ない人間だった。ところが兄が兵役から帰ってきてからは立場が変わる。経験豊かな兄が優位に立ち、弟は真面目に働く地道な人になっている。また、父親の遺産が入って、二人はその使い道についても、意見を異にする。兄はお金を使って楽しい暮らしをしたいと主張し、弟はそれでも熱心に働く道を選ぶ。そんな二人の家に、キャサリンという女性が大けがを負って、命からがらやって来るところで、1話が終わる。

 キャサリンは、男尊女卑時代の男性作家が好んで書きそうな、魔性の女として描かれる。日本文学にも外国文学にも、そのタイプは出てくる。まず一瞬にして男性をひきつける魅惑的な美しさを持ち、その美しさや語り口で男性を完全に手玉に取り、利己的で不誠実で、計算高く、人を破滅させても心の痛みを感じないタイプの女性だ。思うに、こういうタイプの人は、今で言えばサイコパスと呼ばれる人の典型的な性格なのではと思うが、キャサリンはこのあと、どうなるのだろうか。

 自然描写は素朴でおおらかで、なつかしいような広々した心地よさなのだが、インディアンや女性への差別的な意識が、あちこちにみえる。このころのアメリカはこういうふうだったのだろう。それを思うと、今も女性の生きにくさが言われているが、まだましになったところがあるのだとわかる。

 それにしても、どこにも〝ティムシェル〟がなかった。こつこつと土地を開墾する弟がかすかにティムシェルなのかと思ったりするが、これからわかるのだろう…。

 映画『エデンの東』の主人公はまだ生まれてもいない。その前の話だ。




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# by tarukosatoko | 2019-05-19 00:14 | | Comments(4)

大阪といえばカンテ・グランテ インドカレーとチャイとゴータマショコラ

 
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 大阪で講習会のようなものがあってお昼に終わった。久しぶりに梅田に出たので、久しぶりにメキシコ料理店に行こうとしたら、閉店していた。そこでインドのカフェのカンテ・グランテに行った。一人でカンテ・グランテというのは、好きな時間だ。

 カンテ・グランテは、大阪・中津で1972年に誕生してから、店舗を増やしたり、支店の場所が移転したりしながら続いてるお店だ。まだ、チャイを出すお店がないときに、気泡が入ってくもった部分があるインドの耐熱ガラスのコップで熱いチャイを出していたし、店の内装が土をこねて作ったような素朴な雰囲気で、小さな鏡を刺繍に縫い込んだようなミラーワークのコットンの布が大胆に飾られたり、裸電球がつるしてあったりした。働いている人たちも音楽とか演劇をしているような自由で個性あふれる人たちだった。そして、単調に聞こえるインド音楽が流れていた。たいていは年取った感じの男性が民謡のような感じで歌っている音楽だった。

 2012年くらいまでは梅田に出たら必ず行っていた。友達と会うときでも、カンテに誘うことが多かった。いろんな友達と行った。たいていの友達はカンテがそこまで好きではなかったが、わたしは大好きなお店だった。その後、大阪に行くことが減ってしまって、ご無沙汰していた。

 今はもっとたくさんの人に愛されるような雰囲気のお店になっている。清潔感があって、働いている人たちも怪しくない!

 テーブルがアンティーク風でかわいい。見ていると、自分も家のテーブルに絵を描きたくなる。描いたことがあるが、落ち着かない絵になってしまい、一色に塗り直した。ぴかぴかの新品みたいなのはいやだし、ボロボロすぎても嫌だ。適度なアンティーク感というのは難しい。このテーブルは古さの表現がかなり勝っているが、こんなふうにさりげない雰囲気に描くのは難しい…。

 グランフロントのお店は、とても清潔感があって明るいお店だ。味は、変わらないんだなとわかって、うれしかった。レストランではないので、軽くてリーズナブルなのも変わっていない。

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 チキンカレーだ。苦しいような辛さはない。むしろ、辛くない。ちょっとチャパティが分厚いような感じだが、チャパティをちぎって右手で持ってカレーをつけて食べる。隠れているが、右上のピクルスは、キャベツ、キュウリ、にんじんなどでさっぱりしている。

 ゴータマショコラというチョコレートケーキが何十年と続いて作られていて好きなケーキなのだが、暑かったことももあって食べなかった。また食べたいものだ。暑かったので、チャイも飲まずに、ラッシーを飲んだ。

 ゴータマショコラとチャイをはずしたことが今になって残念になってきた。






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# by tarukosatoko | 2019-05-17 20:32 | 食べ物・飲み物 | Comments(4)

15歳の岩野桃亜 スケート資金協力を求めるクラウドファンディング


 岩野桃亜がスケート資金協力を求めるクラウドファンディングをスタートさせた。


 募集のページには岩野桃亜のことが詳細に書かれていて、こんな道を歩んできた人なのかと、初めて知った。岩野選手の演技が、年齢とは不釣り合いなほどに情感が強いところとか、迫力があることとか、こんな背景があったのかと、驚いた。

 母親の仕事の関係で韓国で生まれて韓国で3歳のときにスケートを始め、7歳で日本に帰国して母親の地元である神戸のスケートクラブに入ったそうだ。神戸の。そして12歳から関西大学アイスリンクで長光歌子コーチの指導を受けているそうだ。

 驚いたのは、お母様が阪神大震災の被災者だということだ。そうなのか…。

 ウィキペディアなどによると、母親が日本人で、父親が韓国人だということだが、そうなのだろうか。




 文章を少し抜き出して見る。本当は全部、抜き出したいくらいだが。

☆平昌(ピョンチャン)冬季オリンピックを終えて感じた日韓関係☆

平昌(ピョンチャン)冬季オリンピックでのある選手の行動が世界中で話題を呼びました。スピードスケート女子500メートルで金メダルを獲得した小平奈緒選手と、銀メダルの李相花(イ・サンファ)選手がレース後に抱きしめ合い健闘をたたえ合う2人の姿は当時、日韓両国と世界中からも称賛されたのをテレビで見ていてとても胸が熱くなりとても感動したのを覚えています。このシーンを見た時に、小平選手のようにライバルの存在を尊敬して称え合えるそんな素晴らしいアスリートでありたいと思いました。ちなみに、先日、日韓の深い友情が認められて韓国初の『韓日友情賞』(2019年4月7日)が互いに授与されました。私は日韓の選手としてこれからどんな試練が待ち構えているか分かりませんがスポーツを通じて日韓関係がよくなる事をいつも心から願っています。そして私自身もスケートを通して日韓の架け橋となれる存在でありたいと思っています。

↑難しい問題である日韓関係。岩野選手は、日本人選手で日本人選手のよさを持っているのだが、日本人選手とは異質な雰囲気も発している。韓国人選手の持つ表現のあでやかさを放っているが、韓国人選手とも根本的に違う空気を持っている。日本的な部分と韓国的な部分を持つことで、岩野選手のオリジナルな表現があるところが選手としての強みになっていると思う。文章にあるように、たいへんなこともあると思うが、どちらの国からも愛される、そのことで、日韓の架け橋となる選手になれたなら、こんな素晴らしいことはない。そうなったら最高だが、でも、そこまで素晴らしくならなくてもいいので、長くスケートを続けて独自世界を見せてもらえるだけでも、日韓関係にはいいことだし、とてもうれしい。

☆支援金の用途の内訳☆

1年の活動を維持する為には多額な費用を自己負担しなければなりません。

・海外強化合宿 200万円
(航空代+リンク代+レッスン代+宿泊代)
・海外振付費(航空代+宿泊代+振付代) 150万円
・衣装代(1着15万円×2着)    30万円
・国内試合経費  100万円
・トレーニング代  50万円
・氷上レッスン代  100万円
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合計630万円の内、350万円の皆様からのご支援を
お願いしたいと思っております。


↑一年の費用が書いているだけでも630万円。これにスケートのための雑費(?)の追加がどんどん加わって(わからないが…)、さらに家の生活、学費、ほかの家族の費用などをすべて親の収入で保つには、年収がこの倍以上はゆうに必要だろうか。おおお、大変だ。


 岩野選手は15歳。昨シーズンは体型変化への対応が難しかったりで、全日本選手権への出場がかなわなかった。そんなときでも、岩野選手のことを何も知らないときでも、ジュニア選手の演技なのだが、見ていて、切ないような気持ちになるのだ。ぜひとも、世界の大舞台で岩野選手を見たいと思う。

 動画は2016年、ノービスのときのもの。







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# by tarukosatoko | 2019-05-12 22:20 | フィギュアスケート | Comments(2)

美容院放浪1年 「誰だかわからなかった」


 15年くらい自宅近くの美容院に通っていたのだが、移転により、美容院が遠くなってしまった。美容院の位置に利便性を求めるため、近所の違う美容院をさがすことになった。一年近くで、行ったことがなかった3軒の美容院に行った。

 通っていた美容院は、上品でマダムな落ち着いた感じの美容院だった。ここ何年か、自分が年をとってきたせいなのか、カットやパーマのあいまに、地肌を守る液体とか、栄養を行き渡らせるトリートメントとか、炭酸のなんとかとか、肌が10歳若返るエステとか、体内の循環を整えるなんとかなどをすすめられるようになった。

 好奇心から一度は試してみたが、それらの効果は一時的なものなので、根本的によくなるわけではなかった。
 また、自ら望んでカラーもしていたのだが、野外でとった写真を見て、自分の髪の毛の色がたいへんライトな茶色になっていることを実感した。ここまで髪の色を変える必要はないだろう、わたしは、と思った。
 それに、3年くらいはカラーをしていたので、髪の毛が弱ってきた気がしていたが、美容師さんに聞くと、それをトリートメントで補うことになり、そのトリートメントは10日もすると効果を失った。どうも、よくない流れを感じていた。

 また、この美容院は人気があったのか、いついっても美容師さんの人数ではさばききれない数の来店者がいて、予約をしているにもかかわらず、待ち時間が多くて時間的にも不満が出てきていた。
 でも、美容師さんやお店の人たちと長いつきあいになっていたし、信頼もあったし、安心感も大きかった。


 でも、移転になると聞いた時、これは思い切ってやめるときなのだろうと判断した。迷いに迷ったのだが。



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 最初はホットペッパービューティーで見つけた近所の美容室に行った。ホットペッパービューティーは新規でネット予約すると2割引などになる。終わったら何日か以内にコメントを書くのだが、評価をして感想を書くと、担当して下さった美容師さんが返事も書き込んで下さる。そして、3ヶ月以内に来店したらまた割引があるという仕組みだ。来店への感謝の葉書とか、今の具合を聞いて下さる葉書とか、手書きの葉書もきっちりと下さる。
 ここは、体育会系の男性美容師さんたちが開店前に円陣を組んで「さあ!」とか言って一日を始めるようなやる気があるお店だった。近所の人もたくさん来ているが、他に、中国、韓国、ブラジル、アフリカなどの来日中の外国人や、最先端の髪型を求める(カットが独特で、色を青にしたりする)若い男性もきているようだった。

 ここではストレートパーマをお願いした。地肌が強くはないので、根元を保護するために(前の美容室では特別な水分を地肌につけていたが)クリームのようなものをつけてくれた。そして、(前の美容室では液を塗布した後にヘアアイロンで伸ばしていたのだが)ここではプラスチックの板に髪の毛をはりつけていた。そして(前の美容院では髪の毛に害が少ないパーマ液だったため放置時間が長く、その後トリートメントなどいろいろ追加もあったために5時間から7時間近くかかっていたが)、すべてあわせて3時間半で終わった。これはうれしかった!
 髪型も今までしたことがない、前のほうが後ろよりも長いボブにしてもらった。ちょっと中国のペアのウェンジン・スイ的な髪型で、新鮮だった。それまでは、濱田コーチの髪型をばさばさにしたようなボブだった。

 いろんな面で、自分が一つの美容院だけがいいとこだわっている10年以上の間に、美容院の技術も変わっていた。

 

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 こんなに密に葉書が来たりするのは、ちょっとしんどいな…と感じて、次は数ヶ月後、今度は毎日通る道にある非常に小さな美容院に、評判も何もしらないまま、行ってみた。美容師さんは小学生のお子さんが何人かいるお母さんでもある人で、店には子供の図画工作の作品などが飾ってある。誰かの手作り作品なども販売している、ゆるい雰囲気が漂う、地域密着型という感じの美容院だ。店のお客さんはごくごく普段着の人が多い。
 「一人でしているので」ということで、予約をとってその時間に行った。夫婦ともに美容師で、八年前に独立したのだが、経営が簡単ではないため、ご主人は今は会社にも勤めていて、休日に男性のお客さんを担当しているのだそうだ。そのご夫婦も体育会系で、二人とも実業団まで入っていたが怪我で続けられなかったそうだ。女の人のほうは、実業団にいるときから、チームメイトの髪型をつくる係にもなっていたのだそうだ。
 このお店はホットペッパービューティーには登録していなくて、もっぱら口コミで顧客を確保しているそうだ。自分が誰の紹介でもないと言うと、美容師さんに驚かれた。
 ホットペッパービューティーだと、割引目当ての一見さんばかりで、顧客が得られないのだそうだ。そして、わたしが住んでいる地域だけでなく、今は美容院が過剰にあるため、どの美容院も生き残るための努力がすごいのだそうだ。

 髪型はさらに新しくなった!前髪を長くして横に流していたのを短くして、しかも、頭頂付近の前半分の毛も前に流して前髪にして(前髪を作って)、前髪を増やした。全体に段を入れて軽くして、ワックスをつけて髪の毛を遊ばせて、ふんわり感が出た。
 これも今までにしたことがない髪型だったのでうれしくて、わくわくした。髪を洗うとただのショートカットになったので、家族には「切りすぎやな」「知らんところによう行ったな」「失敗したな!」とばっさりと言われた。でも、髪を乾かしてヘアアイロンでちょっと巻くといい感じになり、家族にも同僚にも「いいね」と言われてうれしかった。

 美容師さんが大胆だし、あっさりしているし、また行きたくなる美容院だった。途中で小学生の子供が友達をつれて、わらわらと帰ってくるという昭和な感じが、またいいではないか。
 職場では、後ろから来た人にまじまじと顔を見られて「誰だかわからなかった」と複数の人に言われた。


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 そしてまた半年近くが過ぎてしまい、またストレートパーマをかけることにした。2番目の美容院はストレートパーマをしていなかったので、同僚の紹介してくれた美容師さんにお世話になった。同僚の行きつけの美容院をやめてフリーの状態になっている人が、わたしの近所の美容院をかりて仕事をしているそうだった。ストレートパーマの腕がいいという人だった。

 今度のストレートは、まずは髪の毛に栄養をたくさん含ませたあとで、パーマの液体を塗布してあたためて浸透させ、その後は挟む形のブラシでのばすというストレートだった。髪の毛の具合によって、下、真ん中、上と部分ごとに塗布の時間をかえる方法だった。ストレートにもいろいろあるのだ。
 さらに1ヶ月後から1週間に一度、トリートメントをするとつやが蘇るということでお弁当用で使うドレッシングや醤油を入れるプラスチックびんに入ったトリートメントを4回分もらった。もしもトリートメントが気に入ったらアマゾンで自分で買ってもらったらいいから知らせて下さいということだった。

 この美容師さんによると、美容師は仕事がなくなることはないものの、休日が少ないうえに収入も思いのほか少ないのだそうだ。そんな理不尽さや家族の介護などもしたいため、美容院勤務をやめてフリーで仕事をすることになったそうだ。

 かつての顧客とその紹介だけで仕事をしている状態だそうで、予約があれば出向くという方法なので、美容師さんにとっては効率が悪いのではとも思うが、たくさんのお客さんをさばくために待たされることがなく、待ち時間がないのがありがたかった。

 髪の毛は前髪はそのままぶんわりとして、後ろの下の方をぐっとへらして、段をふやしてもらった。人生初めてのショートだが、横の髪が後ろと同じなので、そこまで短さは感じない。家族は、あきれたように「短すぎへんか、特に後ろ…、羽生結弦みたいやで」と言った。髪の毛が男子みたいだといいたいのだろう。羽生結弦に似ているとほめているわけではもちろんない!頭の後ろ部分の長さだけが羽生結弦…、その極端な例え!

 職場では、背後に強い視線を感じて振りかえると、違う部署の同僚たちが見ていて、「なんだ、さとこさんか!誰だろうと思った…」と言われた。

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 美容室放浪を続けるか、一カ所に行き続けるか…。わかったことは、時々、全く違う美容師さんに髪型を作ってもらうことはとても楽しいということだ。失敗しなかったから言えることなのだが。
 カラーはケミカルなものをやめて、ヘアマニキュアもやめて、自宅でヘナを使っていたら、目に見えて髪の毛が元気を取り戻した。ただヘナは色がきれいにはならない。一長一短がある。

 電車に乗れば、フィギュアスケートの三原舞依選手のお兄さんがしている美容院があることを知ったのだが、そこまで行くのは躊躇する…

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# by tarukosatoko | 2019-05-10 17:27 | 番外編 | Comments(2)

十連休、長い! 鯉のぼりケーキ

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 十連休も明日で終わる。はじめのほうは華やいでいた。後半は、思っていたのと違うような。

 こちらは、仕事あり、だんじり祭あり、だんじり宮入りあり。神戸では45台のだんじりが、ひとつの場所に集結するという大行事があった。どえらいことだったが、怪我人もでなくてよかった。写真を撮ったが、人が多すぎて、なにがなんだかわからない写真ばかりになってしまった。テレビの報道を見ても、45台のすごさを伝えるのは難しいのだろうなと感じた。

 そして、朝顔と夕顔の種をまいた。ほかの植え木を夏仕様に植え替えた。太ったひと五人がグループを作ってダイエットしながら、力を合わせて殺人事件を解決するというアメリカのシリーズものの小説を続けて数冊読んだ。

 テレビに出ていた人が、「連休どこに出掛けるのか、出掛けるのか、出掛けるのか、とプレッシャーをかけてくるテレビは、ある種のハラスメントだ」と言っていて、「確かに」と共感した。

 5月5日は家族の誕生日だ。せっかくなので、鯉のぼりのケーキを買った。ろうそくはケーキの面積の関係で7本だが、7才ではない。70才でもない…という適当さ…。



# by tarukosatoko | 2019-05-05 21:00 | 番外編 | Comments(2)

『核の砂漠』(アンドリュー・スティーヴンスン) アクセルもでてくる

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 最近、本を読んでも、書いておきたいような本に出会わない。つまらなかったわけではないが、「おもしろかったなあ」で終わる本が多い。そんな中で、この本は、ちょっと一生懸命読んだ。

 アメリカ海軍特殊部隊の隊長だったカークは突然軍を追放される。その裏には、米露両国が進める陰謀があった。冷戦時代の負の遺産である放射性廃棄物を極秘裏に他国の砂漠に処理しようというのだ。一方でアメリカでは謎の放射線由来の病気が多発し、その病気になった人たちは同じ地下鉄の通路を通るという条件があった。見えない放射能への恐怖と戦う人たちの姿をアクションたっぷりに描き出している。主人公たちが危険なものから逃れて、写真をとりながら、決して撃ち落とされない不死身の小型セスナ機でぶんぶん飛び回る小説だ。

 こわかったのは、地下鉄の壁にしかけられた放射性物質だ。カークの因縁の敵であるロシアの軍人だった人が、ものすごい強い放射線を出す放射性物質を地下鉄の通路の壁に埋め込んで、そこを通る人たちをじわじわと病気にすることで、アメリカに仕返しをしたのだ。

 ありきたりな話と言えばそうだなのだが、今となってはリアルさが勝ってしまい、冒険小説として楽しむだけではないのが現代的だ…。

 2005年ごろに文庫本になっていて、作者は〝冒険小説の新星〟と期待されていたようだが、この作者の和訳本は他には見つけられなかった。

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 ところで、重要な登場人物にアクセルという名前の人が出てくる。アクセルジャンプをはじめにとんだ人は、ノルウェーのアクセル・パウンゼンだ。1882年のことだった。そのことから、名前をとってアクセルジャンプになったそうだが、フィギュアスケート以外ではじめて「アクセル」という人の名前に接した。そんな名前があるのかなと疑問だったが、確かにあるのだった。



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# by tarukosatoko | 2019-04-29 22:24 | | Comments(2)