白ドレスの浅田真央 The Ice2017 引退後の新しい本気「愛は翼に乗って」


 今年は浅田真央さんのショーに行けそうにない。The Ice自体がないかもしれない。ということで、The Iceの録画を見ていると、何度も見てきたものなのに、初めて浅田真央さんの演技をみたような気持ちになって、とても新鮮だった。

 去年に実際に見たあのしみじみしたプログラムだが、すごく新しい感じがする。何度見ても浅田真央さんのいいところと大人になったところが凝縮されていて、本当に美しい。ローリー・ニコルが「今から50年後、あなたが孫に見せながら、これが私よ、と言えるようなものにしたかった。引退は特別な瞬間だった、と言えるように、いつ見ても新しく見えるものに」ということで、二つのプログラムがあったのだが、二つ目はララ・ファビアンの「愛は翼に乗って(Wind Beneath My Wings)」。

 振付けするときの映像で、ローリー・ニコルが厳しく言っていた。「そんなにゆっくりじゃない、本気のスピンを見せて」。それだけあって、本気のスピンだ!どの動きも引退後の本気なので、現役選手の時の本気とはまた違うので、新しく感じるのかもしれない。




1:54 山田真知子コーチ、アルトゥニアンコーチ、タラソワコーチ、ザンナコーチ、佐藤信夫コーチ、佐藤久美子コーチ、ローリー・ニコル、最後は愛犬エアロかな?写真を見る浅田真央さんの表情が、すがすがしい。すごく悔しいことが多かっただろうし、もっとと思う気持ちも強いだろうけれど、「これでやりきった」と一年前の会見で話していたことを思い出す。大人の顔をしている真央さん、じーんとする。そして、見る人の心をあたためる、とびきりの笑顔!
2:28 エキシビションのチェロ・スイートの印象的な部分を思い出す 最高のツイズル 
2:58 氷上にハートを… こんな美しいハートは他にないと思うくらいな…
3:43 スパイラルをするときの表情は、試合の時と同じ 

 「愛は翼に乗って」の歌詞は涙なしでは読むことができない。英語がわからないながらも、胸がいっぱいになって見た演技だが、これが日本語だったら、会場の全員がおいおいと泣いたかもしれない。

私は鷹より高く飛べるのよ、あなたの風に乗って翼で舞い上がるから…

 下の動画には日本語訳がついている。歌はベッド・ミドラーで、映像が、真央さんとは無関係であれだが…、とても、胸にしみてくる歌詞だ。選手とコーチや振付師の間柄にあてはまるのはもちろん、師弟関係や親子関係やいろんな関係にあてはまる歌だ…


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# by tarukosatoko | 2018-04-25 18:22 | フィギュアスケート | Comments(2)

タルコフスキーの映画について友達に説明するコラージュ

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 哲学の本をくれた友人に手紙を書いた。
 「タルコフスキーの映画が映画館で一挙に上映されました。すごくうれしかったし、実際に見て、ますますタルコフスキーの映画が好きになりました」。

 こう書いて…、続きをなんと書いたらいいのか、困った。何と書いたら友達はタルコフスキーについて、なんとなくでもわかるのだろうか。長く書いても、わかりにくいような気がする。わかりにくい映画について、わかりにくい興奮した頭で、夜中に文章を書いたら、ますますわかりにくいだろう…。ということで、映画館のちらしを切り抜いて、コラージュにした。

 今回は単純に、簡単に、すごい手抜きですませたが、コラージュというのは、なかなか楽しい!

 コラージュした部分の内容を記録しておく。

 アンドレイ・タルコフスキー 1932年4月4日-1986年12月29日 長編監督作は7本と寡作だが、水、雨、光など自然を駆使した抒情的な作風により映像の詩人と呼ばれ、世界中の映画ファンを虜に。ソ連からフランスに亡命して2年後、54歳で肺がんによりパリで客死。

 惑星ソラリス(デジタルリマスター版) 1972年 165分 世界SF映画史上に金字塔を打ち立てた作品。海と雲に覆われ、静物が確認されていない惑星ソラリスの理性を持つと科学者は考え、海と接触しようと試みるが失敗。宇宙ステーションは混乱に陥り、地上との交信は途切れる…。極限状態にある人間の心に焦点を当て、哲学的命題を観客に投げかける。

  1975年 110分 タルコフスキーの自伝的要素の濃い作品。過去と現在の交差から<私>の記憶が蘇る。家族の許から去った父。母の勤める印刷会社の同僚の死。第2次世界大戦、文化大革命、中ソ国境紛争など、激動の世界情勢を通し心象風景が形作られる。母のカットに流れるのは、タルコフスキー自らが詠む実父アルセニー・タルコフスキーの詩である。

 ストーカー 1979年 163分 隕石でも落ちたのか、大地に突然現れた空間ゾーン。願掛けの<部屋>があると言われ、ストーカーと呼ばれる3人の男がいる。雨、水、火などを駆使して規制の多い当時のソビエト社会の暗喩と、そこに生きる人々の苦悩と未来への希望を描く。タルコフスキーの名を世界映画史に刻印した作品。

 『惑星ソラリス』のデジタル版は、映像が少し削られているような気がした。とてもへんに感じた大きな赤ちゃんがでてくる場面がなかった。記憶が不確かなので、確認が必要だが。それと、『ストーカー』の解説で、ストーカーが3人いるとあるが、ストーカーは一人で残る二人はストーカーに案内されている側の人間だ。

 ちなみに、ネコの顔型の台紙はもともとあった丈夫な紙だ。裏に手紙を書いた。

 友達のデバイスが壊れて、もともと、まれにしかやりとりしていなかったメールができなくなったことがきっかけで、手紙を書くようになった。手紙というのは、いいものだ。


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# by tarukosatoko | 2018-04-23 08:51 | 映画 | Comments(0)

神戸・元町映画館でタルコフスキー特集 『鏡』『ストーカー』『惑星ソラリス』の癖のある俳優・アナトリー・ソロニーツィン



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 神戸・元町の元町映画館で「タルコフスキー特集があった。ソ連のアンドレイ・タルコフスキー監督の映画8本を上映するという、生きているうちにこんないいことがあるなんて…幸せだ…という企画だった。全部見たいが、時間的に不可能だったので、『鏡』『ストーカー』『惑星ソラリス』の3本だけは死守した。もっとも心の琴線に触れた、大事な3本の映画だけは、なんとしても見た。3回券というのがあって、3本を三千円で見ることができた。

 数年前に熱狂的にDVDを見ていたときは、全くロシア語を知らなかったが、今回は知っているロシア語がかなりあったことと、何度も見てストーリーの流れを把握していたため、退屈はしなかったし、長い映画だが短く感じたし、とにかく、心底、おもしろかった!

 3本の映画すべてに出てくるのがアナトリー・ソロニーツィンという役者だ。たいへん、味がある役者だ。



 『惑星ソラリス』(1972年)では、アナトリー・ソロニーツィンは、主要登場人物の天文生物学者サルトリウスの役で出演している。下の写真がそうだ。ソラリスのステーションで生き残った二人の男性のうちの一人だ。シニカルだが、真剣に模索している人という役柄を演じている。

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 『鏡』(1975年)では冒頭に意味があるのかないのか、わからないが、主人公が家の前で座っているところに「医者」として現れて、意味ありげな感じの良くない話をして去って行く。去り際に草原がざわざわざわと騒ぐところが、いやに印象的だ。。大型扇風機ででも風を起したのか、でも、あまりに広範囲なのでそれはできないだろう…とか、思う。一定の方向に大きな風が吹いて、広範囲の草が同じ方向に大きくなびく。草原の草が海の波のような動きをする。その様子も意味ありげで、何かの伏線なのかと思わせる。後で伏線なのかと思う言葉が出てくるが、そこまで意味があるようにも見えない。


 『ストーカー』(1979年)でも、アナトリー・ソロニーツィンは重要な3人のうちの一人を演じている。そういえば、ここでも主要人物が3人だ。しかも男性ばかりだ。ここでは案内人であるストーカーに案内を頼んで「願いがかなう」部屋に行こうとする作家の役だ。その場その場で言いたいことをそのまま言うわがままな人の役で、ストーカーを困らせたり怒らせたり失望のどん底にたたき落としたりする。

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 今回は見ることができなかったが、『アンドレイ・ルブリョフ』(1967年)では、アナトリー・ソロニーツィンは主演していて、アンドレイ・ルブリョフを演じている。わかりにくいが、たぶん、下の写真の右の人がアナトリー・ソロニーツィンだ。

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 その後の『ノスタルジア』(1983年)と『サクリファイス』(1986年)はソ連を出国後に作られたので、ソ連にいるアナトリー・ソロニーツィンが出演することはなかった。

 一癖も二癖もある人物を演じられる味のある俳優さんだ。1934年8月30日にソビエトのゴーリキー州(そんな州があるのか!)で生まれた。ゴーリキー州はロシアの西のほうにあり、作家で『どん底』のマクシム・ゴーリキーの故郷であるところからゴーリキー州と呼ばれていたのだそうで、今のニジノ・ノブゴロド州のことだ。タルコフスキーはソロニーツィンのことを「生まれながらの映画人」と言ったそうだ。1981年にはアレクサンドル・ザルヒ監督の『ドストエフスキーの生涯の26日』に出演。天才作家の複雑な内面を迫真の演技で表現して第31回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(男優賞)を受賞したそうだ。これは見なくては。1982年6月11日に、がんにより47歳で亡くなってしまう。


 ちょっと、フィギュアスケートのラファエル・アルトゥニアンコーチと似ている。

 アナトリー・ソロニーツィンは、アルトゥニアンコーチの暗めに屈折した弟という感じだ。

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# by tarukosatoko | 2018-04-22 01:15 | 映画 | Comments(0)

羊羹ぱん あんパンに羊羹を塗って食べる、過激甘党ぱん… 失敗は成功の母なのか?!

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 青森・工藤パンの「シベリア」は4回くらい買ったのだが、その後、スーパーから姿を消した。一時的に取り扱っていたのだろう。羊羹をカステラではさんだ、超甘党パンなのだが、意外とバランスの取れた味だったので、また食べる機会があるといいなと思っている。

 最近見つけたのは、「羊羹ぱん」だ。高知県のベーカリーのもので、あんパンの上の部分が羊羹でコーティングされている。一見するとチョコレートコーティングに見えるが、これが羊羹という…、あんこが苦手な人が見たら、逃げ出しそうなパンなのだ。

 パンの袋には説明が書いてある。
「羊羹ぱんは北海道や静岡などにもあるそうですが、その中身や形はそれぞれ異なり、関係性はわかっていません。また、羊羹ぱんがこの地で食べられるようになったのは昭和四十年代のことですが、その時期や由来も定かではありません。伝え聞くところによると、昔、焼きすぎて表面が焦げたパンをごまかすために茶色いようかんを塗って販売したのが始まりと言われています。職人のその場しのぎのアイデアから当地の名物パンが生まれたというのは面白い話ですね。高知県西部の幡多地域は甘党嗜好であったことから、今でも人気の商品として食べられ続けています」

 焦げたので羊羹を塗った…というところが、いかにも適当だ。ことわざにもある。失敗は成功の母なのだ。材料はシンプルで、こしあん、小麦粉、砂糖、卵、ぱん酵母でできている。加えてショートニングや脱脂粉乳が入っているところがレトロ感があり、「シベリア」と同じく寒天も入っている。

 食べてみた。

 あんこのダブルパンチだ!あんパンの上に、あんこを塗って食べているような感じだ。材料がシンプルすぎるのか、砂糖の味が強烈だ。適度な焦げ目があったら、苦味が加わっていいかもしれない。

 パンを柔らかくするような添加物が入っていたら、もっとパン部分が柔らかくて、今の人たちにうけたのかもしれないが、材料がシンプルなぶん、パンがしっかりしているので、パンとあんこが和することがなくて、別々に主張し合っている。パンはあんこに、あんこはパンに同調するという気がない、という平行線の食べ物なのだ。添加物フリーの食べ物に見られる特徴だ。悪者扱いされているショートニングは入っているが、日常のものにはけっこう入っている。しっかりとした食感なのでおなかが満たされるし、おやつに食べるには半分で十分なので食べ過ぎる心配もない。

 これはフルーツサンドの仲間に分類されるかもしれない。カステラにフルーツと生クリームをはさむとケーキになり、おなじみの味になるが、食パンにフルーツと生クリームをはさむと、「なんでやねん」というものを感じる。食パンと甘い果物と生クリームが合うか合わないかという話だ。フルーツサンドは好きな人も多いが、わたしはこれも、食パンとフルーツが平行線を描いているといつも感じる。

 ショートニングがはいると食感がよくなるはずだが、パンの食感は無添加パンのような真面目なところがある。

 名前もストレートだ。これが「足摺岬」「四万十」とか、丸いので「土佐の満月」とか、なんか固有名詞が入っていたら、もっとよかったかもしれない。

 羊羹ぱんにあうのは、紅茶でもコーヒーでも番茶でもほうじ茶でもない。濃くいれた緑茶だ。祖母が生きていたら、一緒に羊羹ぱんを食べたかった。

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# by tarukosatoko | 2018-04-20 16:48 | 食べ物・飲み物 | Comments(2)

宮城県から来た人と話す 「あの子は頑張り屋さんだから」選手の活躍が、地元の住人を励ますことを実感した


 仕事で、宮城県から来たというお客さんと話した。宮城の仙台の人だった。仙台と言えば羽生選手だ。特に打ち解けるということもなく、また、ことさらに打ち解ける必要もなく、儀礼的に話をしたあと、フィギュアスケートの話をしてもいいものかとためらったが、耐えきれずにわたしは言った。

「仙台ではもうすぐ羽生選手のパレードがありますね」

 お客さんの目が、急に明るくなった。

「そうなんです。……、本当にあの子は頑張り屋さんだから」

 フィギュアスケートファンというわけではなさそうだが、地元の自慢の子という感じの話しぶりだった。わかる!とてもわかる。わたしも、最近だが、神戸の三原舞依や坂本花織のことを「自分の地元の自慢の選手」ということもあって、とても応援しているし、彼女たちが活躍するとうれしいし、自分もがんばらなくちゃなと思う。

「パレードはどんなふうになるんでしょうね」

 お客さんは静かだが明るい表情になって、言った。
「わたしも仙台にいたら行きたかったんですけれど、月曜日まで神戸なので、いけなくて、残念なんです。でも、すごく…、人が集まると思いますよ。たいへんなくらい…。本当に素敵な選手で…」

 そうだ。羽生選手は素敵だ。ジャンプの着氷なんかはとてつもなく美しい。そして向上心が誰よりも強い。今年の試合にも意欲を見せていると聞いた。わたしは、言った。
「それに、これからもっとうまくなるかもしれませんね」

 お客さんはさらにうれしそうに、そして、しみじみと深い目をして、言った。
「そうですね、がんばる人だからね…」

 わたしは静かに共感して、うなずいた。その人もにっこりと笑った。

 大会に出場する選手は、まわりの人の思いを背負っている。自分が活躍すれば喜んでくれて、元気になってくれる人がたくさんいることを知っているのだろう。小さな大会でもそうなのだから、オリンピックともなれば、どれだけの数の人々の思いを受け取って試合に臨むのだろうかと思う。

 羽生選手がオリンピックで金メダルをとったことで、こんなに仙台の人は(といっても、一人の人と話しただけだが…)、力強く感じている。東日本大震災というつらすぎることがあったけれど、そこから立ち直る一つの励みになっている。心を支える一つの助けにもなっているように見えた。

 スポーツって、そんな尊い部分があるのだ。どちらかといえば、男子シングルならば、わたしはミハエル・コリャダとかネイサン・チェンとかボーヤン・ジン派なのだが、静かな空気を持ったその人と話した後、襟を正さねばならないような気持ちになった。

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# by tarukosatoko | 2018-04-20 00:21 | フィギュアスケート | Comments(2)

本をペラペラ読むのが一番の幸せ。フィギュアスケートや映画、生活雑記もあり。


by タルコフスカヤ・さとこ
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