『道』
フェデリコ・フェリーニ 監督
1954年 イタリア
ジュリエッタ・マシーナ(ジェルソミーナ)
アンソニー・クイン(ザンパノ)
生きるというのはどういうことか。自分の目の前の道を変えたり選んだりできないとき、どう生きるのか。
貧しい海辺の寒村に住んでいる家族の長女のジェルソミーナは、口減らしのために、1万リラという安いお金で、いかにも救いようがない旅芸人に売られる。これは映画の中だけの話ではなくて、当時は現実にそんなことがあったということだ。守られていない、過酷な境遇だ。
買い手である旅芸人のザンパノは、ジェルソミーナをトゲがついたバラのつるでたたくなど、ひどい扱い。もう見ていて、心がふさがる。いやなことがこれでもかこれでもかと続く。その中で最善をつくすジェルソミーナ。ザンパノ、悪辣な男だ。でも、ザンパノも、自分でもどうしようもないような、寄る辺のない人間なのだ。家もなく家族もなく貧しい。体に頑丈な鎖を巻き付けて、それを「むん!」と言って胸の筋肉だけで切るという芸(下の写真)が十八番で、そのときに投げられたお金だけで生きている。

ある町で、ジェルソミーナは一人の道化師と出会う(下の写真)。
「わたしは何の役にも立たない女よ。いやだわ、生きているのがいやになった」
初めて、自分の心を人に明かしたジェルソミーナに対して、道化師は、
「俺は無学だが何かの本で読んだ。この世の中にあるものは何かの役にたつんだ。たとえば、この石だ。何かの役にたってる。これが無益ならすべて無益だ。空の星だって同じだと俺は思う。お前だって何かの役に立ってる」
ジェルソミーナを励ます。
………泣かせる。
ジェルソミーナの吹くトランペットが、哀切で美しく、聞いているだけで、泣いてしまう。
これはフィギュアスケートの高橋大輔の2010年バンクーバーオリンピックの曲でもある。
そして…
ラストは、もう、泣くしかない。
わたしは、大泣きしてしまった。

この映画は、淀川長治さんの解説で見たいものだ。販売されているDVDに付録としてついているらしい。
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