
昨日、2月18日、4大陸選手権で初出場の三原舞依が、優勝した!優勝インタビューを見ていた神戸出身の夫が「三原舞依、神戸弁やなあ…」としみじみしながら、神戸弁で言っていた。
朝、ぼーっとしてコーヒーを飲んでいると、早起きの夫がいきいきとした様子で話しかけてきた。
「三原舞依って、一ヶ月に一度は通院して、点滴を2時間して、体の血も大量に抜いてんねんて、知っとう?」
全身の関節が痛む病気だと聞いていたが、今もそんなだとは知らなかった。
夫は開いた神戸新聞を私に手渡すと、読むようにと目で合図した。それが、上の一面の記事だ。病気については詳しく書いていないが、三原選手のくったくのない笑顔がすばらしい!読み終わって、またぼーっとしようとすると、
「そこだけとちがうで」
そう言うと、神戸新聞のスポーツ欄を示した。
それが上の記事だ。記事が大きい。スピンをしている三原選手の写真がでかでかと載っている。昨日ののびやかなシンデレラの演技を思い出して、うれしくなる。「ここからがまたスタート、五輪に出られる選手になりたい」とインタビューに答えている。
記事によると総合で200点を越えたのは(浅田真央、安藤美姫、宮原知子に次いで)4人目なのだそうだ。
新聞を置いて、布団で二度寝しようと立ち上がると、夫が再び新聞を差し出して、また言った。
「ここにも、あるで」
おお、社会面にも三原選手が!
写真では、喜びの笑顔の三原選手と、静かな喜びに満たされたコーチの表情が心にしみる。
ここに、点滴や血を抜く話が書かれていた。「一年二ヶ月前は病院のベッドにいたが、一気に頂点へ駆け上がったシンデレラガールは、信じられない、夢のよう、と、はにかんだ」と。さらに「病気だからできないというのが一番嫌いなせりふ。病気になったからこそ強くなれたこともある」。頼もしい!
三原選手の優勝は、たしかにおおごとである。とはいえ、朝刊に、大きな記事が三つも!そこまで大盛り上がりしているのは、神戸新聞だけなのではないだろうか。なんといっても、世界の中心を兵庫県に設定した新聞なのだ。三原選手は神戸市に住み、神戸ポートアイランドクラブに所属し、県立高校の生徒でもある。
(ずいぶん前だが、明石と淡路島を結び、地元でも愛されてきた"たこフェリー"が最後になったときには、「さようなら、たこフェリー!!」的な記事が、一面のトップ記事だった。世界ではもっと重大なニュースがあるし、兵庫県にだってもっと書くべきことがあるはずだが、神戸新聞はこれでいいのだと思った)
表彰式では、キム・ヨナさんが花束をわたす役だった。花束をもらったあと、三原選手は何度も、まじまじと、去っていくキム・ヨナさんを見ていた。「うわあ、本物のキム・ヨナ…!」というような、心の声が聞こえてきそうな、ぽかーんとした真顔だった。デールマンも長洲未来もまじまじと、キム・ヨナさんを見ていた。
この表彰台に浅田真央さんがいたら…と思った。二人はどんなことを思うだろうか。本番の五輪では、表彰台に浅田真央さんが…とわたしは主観的に願う!!
三原選手のエキシビションは「タイスの瞑想曲」だった。偶然なのだろうと思うが、これは、バンクーバー五輪でのキム・ヨナのエキシビションナンバーだった。
キム・ヨナさんには、複雑な思いがあるが、ものすごく強く美しいスケーターだったと思う。相手がどうであれ、ここは礼儀正しく、先人への本心からの敬意をしめす結果となったのではないだろうか。
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