掃除をしていると、ミニマル生活除外品ばかりが意識に上がる。
簡単なのは、ミニマル生活対象品である、衣類、食器、家具、小物だ。それは片づいた。
衣類はすごく減らした。着ないものはもちろんのこと、着るかもしれないが着たとしても一回か二回だけのものは手放した。サイズや素材が着心地が悪いものも手放した。義理でおいてあるような頂き物もお別れした。古くても素材が良くて着心地がいいものは残した。靴も、ゴージャスにビーズなどをちりばめたサンダルで、ものすごく脱ぎ履きがしにくいものなどは処分した。
食器は贈答品も積極的に使っていたが、大皿などの気に入っているもの以外はほぼなくなった。さらに、結婚式の引き出物で、後に離婚したカップルのものもあった。何を盛り付けてもおいしそうに見える黒と白の四角いお皿で、気に入っていて使っていたが、使うたびに「白と黒っていうのが良くなかったんだろうか…」などと、はたの者が毎回思い出しているというのもなんなので、処分することにした。100円均一で買ったものも、ほぼなくなった。基準はないが、気に入っているものを家族の人数分、用途ごとに分けて使いやすい場所に並べてある。シンプルで機能的なものや、デザインが好きで穏やかなものを中心に、高価なものはない。割れたら気軽に買い足せるものが中心だ。
家具や収納用品を捨てたときは、ついに自分は一線を越えたと思った。大きな本棚、中ぐらいの本棚、電子ピアノ、家電製品を置く大きなラック、突っ張り式で天井まである棚、衣装ケース多数、不要になった下駄箱、子供の机の上に乗っていた本棚、キャスター付き引き出しケース、大型の鏡など。残っている大きなものは食器棚と、洋服ダンスだ。これも捨てようかと思ったが、さすがにまだ、捨てられない。
我ながら思い切ったが、ないからと言って困らないから、とても良かったと思う。地震で倒れてくる心配も減るのだし。
一人で運べる程度の小さい家具は細々とあるし、子供たちの持ち物はあふれるほどにたくさんあるが、わたしが捨てるわけにはいかない年齢なので、それは対象外案件だ。
問題は、除外品だ。本、フィギュアスケートのDVD,思い出の品、家電製品か…。並べてみると、全然、ミニマルではない。あと、愛着がある小物も捨てられない。マスキングテープも好きだが、これは頻繁に使うようにしている。他に、カラフルで楽しいメモ用紙とか付箋とか、使いやすいボールペンとか、3D映画を見たときに買ったメガネとか、さまざまな電気の延長コードとか、何かを修理したときの残りの部品とか、分類しにくいものが多数でてきた。
油断していたのは、なんとなく家の在庫を確認せずに買ってしまっていたものだ。便せんなどの手紙用品だ。手紙をかくたびに新しいものを買っていたのか、同じような便せんがたくさんある。プリンター用紙も多い。
美術展で買った絵はがきもたまっていた。買うときは本物の絵の印象があるので、とても満足するのだが、後で絵はがきだけをみると、やはり絵はがきは小さいので、絵をじかに見たときのような感動はない。
細かいことをいうなら、神戸市指定の専用ゴミ袋もたくさんあった。
最後の難物は整理していない写真類だ。プリントアウトしていない写真のはいったSDカードやUSBを処理するのは膨大な時間がかかりそうだ。これは、少しずつ片付けるしかないだろうし、着手しなければ、いつまでも気になり続けるだろうから、とにかく着手することだろう。
あと、もう少し持ち物を絞って、必要なときに必要なものが即座に出てくるような収納をめざす。このように書いていると、とても片付いているように感じるが、まだものはいっぱいあり、油断すると散らかる。
ものがたまる元凶は「不安感」ではないかと思う。それは道理ではないから捨ててもいいという考えもあるが、根拠のある不安感もあるだろうし、自分の頭でしっかり考えて片付けることが大事だと、あらためて思う。ミニマルな暮らしとは、誰かの真似事ではなくて、自分で判断できるようになるということなのだろう。
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