
ロシアのユリヤ・リプニツカヤが「シンドラーのリスト」を滑ったのは、2013-2014年のソチ五輪のシーズンで、16歳の時だった。
戦争でひとりぼっちになってさまよう赤いコートを着た女の子、その寄る辺のなさ、不安。守ってくれる人のいない幼い子供が戦争中の土地をさまよう様子に、大人は胸をひどくしめつけられる。そのメッセージは強烈だった。ジュニアから上がったばかりの幼さが残る動きがそのままプログラムにいきてくるという、うまいプログラム選びだったと思われる。映画でも、子供と動物を出せば感動するという話があるが、プログラムに子供要素を入れるのも反則だ、といいたくなるくらいな、大成功をしている。このときのコーチはエテリ・トゥトベリーゼで、振付けはイリヤ・アベルブフだ。
1:39では、顔の前に両手をおいてぱっと手を広げて顔を見せる、初期のエテリ組特有の振付けが入っている。 3:16のレイバックスピンの感じが宮原知子と似ている。3:45、足が一直線になる 4:00キャンドルスピン
このころのリプニツカヤは最強で、転倒もほぼなくて、どちらかというと常に無表情で冷たい印象があった。たまにこぼれる笑顔がかわいかった。五輪の個人戦ではうまくいかずに悔しい思いをした。その後は怪我などで苦労して、引退した。拒食症で苦しんだということだったが、「わたしが太って何が悪いの?」みたいな(正確ではないが)ことを言ってのけたときは、メンタルが確立したのだなとわかったし、かっこいいなと思った。
引退後は解説などで自分の考えを述べるなど、いい感じになっていた。高橋大輔の氷艶では、紫の上の役を演じて、ピンクの衣装で舞う姿が美しかった…。
映画『シンドラーのリスト』にいただいたコメントで、赤いドレスの女の子が死んで運ばれていったという部分を見落としていたことを知って、映画をもう一度、見直した。最後に1100人が助かるまでのことを知っているので、最初に見るときよりも負担が少なかった。確かに、女の子は死んだ人を何人かまとめてのせた台車の上にのせられて焼却する場所に運ばれていった。亡くなったことがわかっていても、とてつもなく悲しかった。それがシンドラーの心の中に訴えたのだと思う。
よく見ると、映画は戦争初期にユダヤの人たちがろうそくをつけて祈る場面で始まり、戦争の後でユダヤの人たちがろうそくをつけて祈る場面で終わる。どちらも、モノクロ画面に、ろうそくの炎だけが赤い色がついている。女の子も、モノクロの中で、コートの赤だけが色がついている。
映画の最初の宴会場面でかかる音楽は、ポルウナ・カベサだった。シンドラーがクラクフの幹部たちの輪の中にうまく入っていく場面だ。
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