
今の新型コロナウイルスパンデミックの参考になればと読んで、確かに参考になった。とはいえ、思っていたのとは違う、深い哲学的な話だった。『異邦人』のカミュが書いたのだから、普通のドキュメンタリー的なものであるはずもない。疫病という不条理にさらされたときに、人は何を考え、どう行動するのかという話だった。
1940年代にアルジェリアのオラン市でペストが発生し、閉鎖された市で生きる人々の様子が描かれている。なんと、フィクションだ。とにかく大きな話なのでまとめようがないので、気になったところを覚え書きとして、抜き書きしておきたい。
「ペストは虚弱な体質の者は見逃し、特に強壮な者を破壊するということを読んだのを思い出した」
「グランも結局のところ、自分がしてもらった約束についての正確な条件を覚えていなかった。最後にそして特に、ジョセフ・グランは適当な言葉が口に出てこない男だったのである」
「われわれが、自分たちはまったく妥協の余地のない状態の中にあり、「折れ合う」とか「特典」とか「例外」とかいう言葉はまったく意味がなくなっていることを納得するまでには、多くの日数を要したのである。手紙を書くというささやかな満足さえ、われわれには与えられていなかった」
「その深淵と山頂のちょうど中間に船を乗り上げて、彼らは生きているというよりもむしろ漂流しつつ、方向もない日々と、うるところのない思い出のままに、自らの苦痛の大地に根を下ろすことをうべなった暁にのみ生気を生じうるのであろうところの、さまよえる亡霊となり果てていたのであった」
「彼らはこのようにして、何の役にも立たぬ記憶をいだいて生活するという、すべての囚人、すべての流刑者の深刻な苦しみを味わった」
「流刑といっても、大多数の場合、それは自宅への流刑であった」
「かりにわれわれのなかの一人が、ふとしたはずみで、自分の感情上の何かのことを打ち明け、あるいは話そうと試みたとしても、相手のそれに対する返事は、どんな返事であろうと、たいていの場合、彼の心を傷つけるのであった」
「しかし、この場合もまた、公衆の反応は即座ではなかった。事実、ペストの第3週には三百二名の死者数が数えられたという報道などは、想像力に十分訴えてこなかった。一方からいえば、おそらく全部がペストで死亡したものでないかもしれない。また別のほうからいえば、市中で誰一人、ふだんのときには毎週何名くらいの人が死んでいるものか、知っているものはなかった。市は二十万の人口をもっていた。人々はこの死亡率が正常なものであるかどうかを知らなかったのである」
「誰も酔っ払い以外には笑う者はない」
あまりにも抜き書きが多いので②に続く。
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