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本『愉楽にて』(林真理子著) 林真理子さんがすごくなっていることは、わかった

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 林真理子は、日本の伝統的な近代文学のような、由緒正しい書き方の小説を書く人になったのだと実感した。宮尾登美子みたいな、有吉佐和子みたいな、いってみれば、紫式部みたいな。

がっつりと書かれたパワフルな、正しい小説、すごいな。これだけのものを仕上げるのは、ものすごい労力を使い、さぞ消耗したのではと思う。次々に現れてくる女性や、二人の風流なお金持ち、住居のしつらえや衣装や食べ物などに、『源氏物語』のような美意識を根底に流そうとしているようにも思えた。そして、内容が内容なので、取材に膨大な資金もかけたのだと思われる。膨大な。

 少し前に、ツイッターで、京都の元舞妓さんをしていた人が、未成年の飲酒やお風呂入り、人身売買的なことなどの告発、暴露のようなことをして、少しニュースになった。そのとき、『愉楽にて』に告発内容に関することが書かれているとあったので、さっそく読んでみた。

 林真理子さんは本物のお金持ちを書こうと思ったそうで、大きな会社社長の50代の息子が主人公だ。一人は、東南アジアに住んで、駐在員の妻や仕事で成功しているOLや留学生などとの情事について語っている。もう一人も大きな会社の3男坊で、裕福な妻が急死して妻の財産も相続した。二人はとにかく、ふんだんにお金がある…。教養もある。

 以下、内容を書いてしまうので、これから読む人がいたら読まないで下さい。

 3男坊のほうは、京都・下鴨の茶室付きの邸宅を買うことにしたとたん、祇園の芸妓さんが急接近してきて、その人の面倒を見ることになる。
 3男坊が宿泊しているホテルに、芸妓さんたちが押しかけてきて、芸妓さんの主導で、みんなでお風呂に入ることになる。最後は、芸妓とお風呂で二人になって、3男坊が思わず芸妓の胸に触ると、「それ以上は野暮どすえ…」と手を振り払われる。
 後日、置屋の女将に甘味処に呼び出され、その47歳(だったか?)の芸妓の「旦那さん」になることを、柔らかい京言葉で、でも強引に提案され、もともと魅力を感じていたこともあり、承諾する。旦那さんになるというのは、京都に来たらごはんを食べに行ったり、家に行ったり、月々にお金を払う、などのことだ。

 その後、3男坊は、中国人の知的な女性を好きになり、芸妓ともつきあっていたが、だんだんと芸妓に違和感を抱くようになり、あるとき、芸妓の髪から年を取った人の臭い匂いがしたことがきっかけで、月々のお金は払うが、寄りつかなくなってしまう。

ぬれた髪からにおう場面が詳細ですごい。ここぞというところで、読者の生理的感覚にずばーっと切り込んでくるのがすごい。

 狩りをするように情事を重ねる男性の語り、最初はおしゃれな人だなとちょっと憧れるような気持ちで読んでいたが、だんだん、「それがどないしてん」と思うようになる。

 芸妓をないがしろにする3男坊も、「そんなんは、あきません」と感じる。最初は、女性たちの、お金のある男性を旦那にしようとする計算高さに、舌を巻く。でも、男性の態度を読んでいくうちに、体をはって生きている芸妓にそのいいかげんさはなあと思うようになる。舞妓や芸妓の存在は、未成年への性の搾取などの深い闇を抱えたものなのだと思うが、その人たちがそこを出られないと思うと、もう少し大事にできないかと、思ってしまう。

川端康成の『雪国』とも同じテーマだ。

 男性を賛美しているように見えて、最後は女性達が男性を見限るようになるところも『源氏物語』を感じる。女性のほうが男性を切り捨てる方法が、騒がず穏便でいながら冷たく、これまた、たいへんリアルなのが、すごい。でも、現代の話なので、『源氏物語』の優雅さを感じ取れない。終わりかたも、現代なので、違う感じを希望。

どうせなら、あと少し、毒を。最後に強い毒があったら、もっとすごかったのに、とは思う。瀬戸内寂静訳の『源氏物語』のように。


 とにかく…、長い間、読んでいなかったのだが、林真理子さんがこの何十年かで、すごくなっていたことを実感した小説だった。



Commented by yoripo at 2022-07-26 20:12
さとこさま
「愉楽にて」は日経新聞の朝刊の連載で読みました。(林真理子はコラムは読んでいましたが、小説は初めてでした)
感想は「女性に対して容赦ないな~」ということです。
日経の朝刊は渡辺淳一も連載小説を書いて話題になっていたのですが、男性の作者(渡辺淳一?)は女性に対して幻想があるのか、あくまでも美しいいい人でした。
しかし女性の作者(林真理子)は女性の描写が厳しいな~という印象が強く残っています(笑)

ところでさとこさんは林真理子の「奇跡」はどう思いますか?
宮尾登美子の「きのね」はすごく面白く読んだのですが、「奇跡」はまだ存命の人たちで團十郎ほどの大物ではないし、どうなんだろう...と読んでいません。


Commented by tarukosatoko at 2022-07-26 21:19
> yoripoさん
女性に対して容赦ない、というのは、ありますね。芸妓の頭のにおいのところとか、首のしわとか、二の腕のたるみとか。あと、男性目線での「いまいち」な感じとか。計算高いところとか。たぶん、普段から、自分自身もだし、接する女性のことも、細かく観察している感じですね~。恐ろしく実感がありました。

そして、宮尾登美子の「きのね」、読みましたよ!すごくおもしろかったです。11代目市川團十郎(今の海老蔵さんの祖父ですよね)の話で、すごかったですね!奉公人である事実上の妻が、正妻の不利な状況をそのままにするところがあって、ぞわわわーっとしました。女性の真の意地悪を書けるのは女性ですね。ものすごい小説でした。
数年前に渡辺淳一を読んだときは、なんかすごくて、「今、こんな人いないんじゃないかな」と思いました。

『奇跡』は『愉楽にて』を読んでから、実名不倫小説として出たことを知りました。今は離婚しているそうですが、誰だかすぐにわかるようですね。どうなんだろう…と、わたしも同じ気持ちで、保留しています。
Commented by mo8_a29 at 2022-07-27 18:51
こんばんは!
林真理子さん かつてはエッセイの女王もっと前はコピーライター もともと文章を書くのが得意だったのでしょうけれど今は小説家 凄いなと思います。
tarukosatokoさんの記事を見て読んでみようと思いました。
ところで 有吉佐和子さんの『芝桜』読んだ事ありますか?花柳界の話。そういう仕事をしていくのも大変だな~と計算ずくの女性たちの様子が書かれていて覚悟あるし 若い時にしんどいこったと思ったのを思い出します。

最近は池井戸潤とか読んでいるので 女性の作家さんも読んでみたくなりました。
Commented by tarukosatoko at 2022-07-27 20:46
> mo8_a29さん
林真理子さん、最初は本音をばしばし書く人という印象でした。おもしろかったですよね。あるときから、本格的な小説を書く人になって、読んでいなかったのですが、たくさん、小説があることを知りました。
有吉佐和子さん、尊敬しかないです。が、『芝桜』は読んでいなかったです。読もうかな!

花柳界といえば、随分前ですが、『さくらん』という花魁が主人公の漫画があって、土屋アンナ主演で映画にもなりました。ポップでヤンキーな土屋アンナの花魁が花魁道中をする場面が、お気に入りでした。映画としては、まったく花魁っぽくないんですが。
20㎝くらいは高さがありそうな高下駄をはいて、頭にかんざしをたくさんつけて、豪華絢爛な帯を前で結んで。でも、花柳界の女性は、とらわれの身で、逃げても逃げても連れ戻されるんです。人身売買みたいなもので、怖いです。

今はずっとカズオ・イシグロの『充たされざる者』という500ページの長編を読んでいます。それが後半になっても意味がわからないんです…。それを思うと『愉楽にて』はわかりやすかったのですぐに読み終わりました。
Commented by mo8_a29 at 2022-07-27 22:00
『さくらん』華やかな色合いで 蜷川実花監督でしたよね
土屋アンナさんが花魁で気になっていたけど見損ねました。
なんとか見たいな。
何故だかマンガの方は読んでいて売られた子がカムロが確か主人公。その子があの華やかな花魁に変身していって。この子の境遇考えたら胸がつぶれる感じ。。。まさに人身売買。

昨日 講談で『次郎長』(ヤクザ=任侠)の話聴いてきたんですが日常で『お女郎さんの足抜け』なんていう切羽詰まったことをお節介に解決していく次郎長さんの行動を描くのですが簡単に良いことしたねえ~なんて楽しめる気持ちでは無かったです。
令和になって次郎長話 楽しめるかな??と思いました。
エンタメに対してなのにね。
神田伯山さんが叔父弟子の神田愛山さんの語りを覚えていくための会でその割にはイイノホールと言う500席もある(演芸のサントリーホールみたいな)ところでの会で・・・きっとチケット取れない人向けに規模を大きくしたと思います。神田伯山さんも…初めて見に来た人を気にしてましたねー

カズオイシグロさんの作品 実は・・わからない。。。私も。遠すぎるように思ってしまうことが多いような気がします。
Commented by yoripo at 2022-07-28 17:46
男性作家、女性作家の特徴は「どこかで書いたか言ったことあったな~」と思いながら書いていたのですが、このブログのコメントでしたよね(^^;)

最近の日経新聞の連載小説は伝記ものが多く、今は阿倍仲麻呂、以前は夏目漱石、松下幸之助でした。(著名男性作家)
元々の人物やエピソードが面白いから、小説も面白いに決まっているじゃないですか。
読者も保守的な人が多く、そのような小説が求められるのでしょうが、「冒険しないな~」と不満に感じていました。

この林真理子の小説は下手すると「セレブぶって」と反感も買う恐れもありますが、「リスク取るな~」と感心しながら読みました。
本物の?日本の金持ちって知らない世界ですし、よく取材したのか、実際交友関係があるのかもしれませんが、とても面白かったです。
「奇跡」も物議をかもすことをわかっていて出版して、内容はともかくチャレンジングですよね~(笑)
Commented by tarukosatoko at 2022-07-28 21:27
> mo8_a29さん
神田拍山さんって、目がいきいきして、かっこいいですね~。一度見たら忘れない人です。mo8さん、今は講談を聴きに行ったりされているんですね。mo8さん、粋ですね~。足抜けの話、夢中になって聴きそうです。講談も弟子とか落語のような師弟関係があるんですね。

足抜けって、失敗したら死罪になったりするそうで、命がけですね。『みおつくし料理帖』では、火事で両親を失って吉原に売られて有名な花魁になった友達を、自らも火事で両親をなくして料理人になった人が、外の世界に出す話でした。身請けした人が友達を解放するという話だったような…。

「さくらん」では漫画もですが、デザインされた水槽に入れられたきらびやかな金魚が、女性の境遇を象徴していました。外に出られないという。

カズオ・イシグロの『充たされざる者』は、よく見たら文庫本で939ページもあって、今は765ページです。ずーーーーーーーーーっと、悪夢の中にいる感じですが、近日中に読み終われそうです。
Commented by tarukosatoko at 2022-07-28 21:52
> yoripoさん
『愉楽にて』のレビューを読んでいたら、「セレブぶって」的な感想も確かにありましたね。でも、あれだけのものを書くというだけで、尊敬です。確か、会社の何代目かのお金持ちがあとがきを書いていて、その人は作中人物のモデルにもなっているようです。実際に、作家は、そのような人達と接して、本物を見て書いているから、リアルなのだと思います。
日経新聞の連載小説だというのも、驚きでした。

一度だけ、2年くらい、個人営業の出版社のお手伝いを、時間があるときにしていました。その仕事の関係で、花見小路の民家のようなお店で食事会に参加したことがありました。政治家が隠れ家のように来ていたということで、店の女主人が、わたしたちの話を聞いていて、それぞれ、品定めするような感じでした。京都の老舗の奥様で芸術家の女性も参加していて、女主人がその人をぐいぐい持ち上げるのを、他の人はただただ見ていたという思い出があります。その店を予約してくれた男性が仕事のクライアントだったのですが、その店は親の代からのおつきあいのようでした。私的なお誘いも多くて、個人で仕事をするって面倒なものだと知りました。違和感があったので、その仕事はすぐにやめましたが、その依頼人によって、珍しい世界を見ることができました。それを思い出しました。どうせなら、芸妓さんが来るようなお座敷も経験したかったと、いまさらですが、読後に思いました。
by tarukosatoko | 2022-07-26 13:06 | | Comments(8)

本をぺらぺら読むのが一番の幸せ。フィギュアスケートやタイ・中国などのアジアドラア、生活雑記もあり。


by さとこ タルコフスカヤ