職場の休憩時間に常に本を読んでいる静かめな人と、本を貸し借りするようになって一年以上、ライン交換してたまに情報交換するようになって半年、10日に一度くらい食堂でばったりと会って、一緒に昼食を食べることもでてきて数ヶ月。その人は本が好きなだけではなくて、要介護の親のお世話をしていたり、今、わたしが中国語講座を聴いていることを話すと、旅行の中国語会話ができたり、あと、食材や調理法に興味がすごくあることなど、いろいろと共通点があることがわかった。近寄りすぎず、疎遠になりすぎず、ずっと本友でいたいと大事に思っている。
その人がわざわざ買っていた本。森永卓郎さんの話は、ずっとYouTubeで見ていたから、この本はそれをふまえての生きている人へのエール、遺書のようなものだった。労働して生活する人への最適な生き方を示してくれていると思う。死のほうから見たら生は輝いている、という部分、目を見開く思いがした。
しかし、労働している人はそれでいいとして、と考える。ホームに入って、守られた生活をしている母は、それでいいのだろうか。たとえ、家でプリンばかり食べて、お風呂にもろくにはいらず、同じ服を着続けて(←軽いセルフ・ネグレクト状態だった)家で倒れて半日以上発見が遅れて孤独死になっても、家が良かったのだろうか???「ここはすごく居心地がいい(食事は母の希望の味付けなどをきいてくれるし、身の回りのことは介護士さんがしてくれるし、不穏な人が一人もいないし、いつも人がいるから安心感があるということだ)」と母は言っているが、「仏壇もお墓もあるし、いずれは家に帰らないといけないんだけれど」とも言っている。ずっと住んでいた家で一人で窓の外の見慣れた景色を眺めたいと思うんだろうか??思うんだろうな。実家は月に一回は行って郵便物処理などをしている。ここで住めたらどれだけいいだろうかと思う。でも、生活能力的にはもうできないんだなと思う。
母がどうなのかはわからないが、他の選択肢がなかったので仕方がないとはいえ、かなりいい場所に母はうまく着氷できたのではと(落ち着けたのではと)思う。何かしたいことはないのかと聞くが、「したいことは全部できたから」という。
自分は「したいことは全部できた」とは、まだ思わない。ずっとじたばた暮らしていたから、「何をしたかったか」を思い出しているところなのだ。ただ、「できることはした」とは言える。
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